→TOP
えりちゃんとカーネーション 優理奈ちゃんには、1歳の頃から前歯が虫歯になりました。 一歳10ヶ月上の摩莉花ちゃんは、いつも優理奈ちゃんがかわいくて、寝ていても、自分が人にもらったお菓子をくわえさせてあげていました。 だから、優理奈ちゃんは、今でもこの頃のこの虫歯の想い出とともに、食べ物の恩を摩莉花ちゃんに忘れてはいません。本当にいつも助け合ういい姉妹です。 (注釈)この自分の方に覚えはない原因の虫歯の教訓のお陰で、優理奈ちゃんにはその後は殆ど虫歯はありません。
平成13年5月2日、経済家えりちゃん、10歳の初夏の話です。 「ねね、かあさん、カーネンションていくらぐらい?」 「そうね、大きい普通のカーネーションは100円から150円くらいかな。 ミニカーネーションは、花のつき方やついている花の数によるかな。 でももうすぐ母の日だから、すごく高くなるよ、一本300円くらいかな。」 「へえ。じゃあ今のうちに急いで買っとった方がいいかな。ね。」 ・・・・!? みのりが3歳になったかならないかのころの話です。 フランス人のジャーナリストかカメラマン夫婦の、南アフリカ共和国の隣の国当たりのザンビア共和国に自然動物の撮影取材活動の間に生まれた子どもが、立って歩き始めたばかりの頃、突然親が目を離した隙に、野生の巨大な母親象のところにヨチヨチ歩いていって、そのままその母親象やその仲間達とナチュラルに戯れるようになった という番組を、うちの子ども達全員が仲のよい知り合いの家で見たらしい。(私もその「野生の『ティッピ』」の話を新聞で知っていました。) 巨大な象の足元で象と話しているかのようにふるまっている、パンツいっちょうのその幼い女の子のことがみんなの脳裏に焼きついたらしく、その頃から時々、どうかするとみのりはパンツいっちょうで立って、「やしぇえの『みの』!」と私に得意げに立って、そっくりかえっていました。 うちの子ども達も、私も、この子はそうとうの野生児になる!と確信しました。 かあさんが、よく寝始めるときに子ども達とくっついて寝るようにしていました。 子ども達は、みのちんが生まれるまでは、右に摩莉花ちゃん、左に優理奈ちゃん、かあさんの上にえりチャンだったのが、みのちんが生まれると、摩莉花ちゃんが譲ってくれたり、優理奈ちゃんが譲ってくれたり、えりちゃんが一生懸命みのちんを押さえてかあさんの上で寝たり・・・そのうちみのちんもえりちゃんも、どちらかに落ちてしまうのですが、とにかく、みんなかあさんにくっついて、かあさんとご本を読みながら寝付いていました。 パパは最初の頃は、いつもそれを横目に見ながら、ビールを飲みながらテレビを見ていました。 でもそのうち、だんだんパパも、子ども達と寝るのがすごく好きになってきました。 だって、子ども達って言うのは、やわらかくて暖かくて、とても気持がいいもの。 私は、子どものころ、あさこ軍団とでも言うべき、たくさんのぬいぐるみを引き連れて、それらを寝かしつけながら寝ていましたが、子どもって、ぬいぐるみよりずっといいな、かわいいなっていつも思いました。 パパも、ご本を読んでくれたり、ちょっと疲れていたりしたら、電気を消して、パパが作った、桃太郎もどきのお話を聞いて、「さあ、もうお話しちゃったから、目をつむって寝なさい。」なんて言われていました。 あるとき、パパが、かあさんのまねをして、「パパの右に来る人!」て呼ぶと、摩莉花ちゃんがすかさず「ハーイ!」ととんできました。 パパがまた「パパの左に来る人!」と呼ぶと、優理奈ちゃんがすかさず「ハーイ!」ととんできました。 すると、出遅れたえりちゃんが、「えりちゃんはパパの上!」と言いました。 すると、もっと出遅れたみのちんが、しばらくその場で立ちすくんで考えて、「みのはパパの下!」と言いました。 パパは、大笑いしましたが、とてもうれしそうでした。 かあさんを、お友達との長話から救う方法
子どもというものは、おかあさんが自分といるのに、スーパーでばったり出会ったお友達、また家にやって来たかあさんのお友達であっても自分のことを忘れたんじゃないかと思うくらいおしゃべりに夢中になられるのは、とても嫌なことみたいです。 えりちゃんは、そんな時、突然かあさんの服のすそを引っ張って 「ぶひぶひぶひ・・・。」と言い出します。 何かご用があるのですが、人間語をしゃべらなくなります。 レモネードを作ってください・・だったり、このやりかたがわからない・・だったり、それはいろんなことなのに、ただひたすら、 「ぶひぶひ、ぶひぶひぶひ、ぶひぶひ・・・・ぶひぶひ・・・」 かあさんは、そこで、えりちゃんが一生懸命何を言いたいのか、考えなければなりません。 「おのどが乾いたの?」 「ぶひぶひ。」で首を横に振ると、ちがう・・ということ。
(「ぶひぶひ。」で首を縦に振ると、そうだ・・ということ。) 「じゃあ、ウーロン茶もどき?」 「じゃあ、ハワイアンブルーを作ってと言うこと?」 「ぶひぶひ(そうそう)。」 こういう風にすぐわかるといいのですが、なかなか人間に戻ってしゃべってくれないので、とても時間を食ってしまいます。 でもきっとその方がいいのでしょう。 その気持ちもわかって、私も反省しながら、あれやこれや、たくさんの選択肢を出しながら、きいていきます。 子豚語と人間後の会話なのにうまく通じた時は、本当にうれしいです。
みのちんは、外で人に出会ったときの長話だけでなく、家での電話の長話の時にも、すーっとやってきて、『私のことを忘れるな!』をします。 すなわち、つい最近まで、私はよほどの公的な用事のとき以外、常にズボンしかはきませんでした。 外来診療では、小児科ですから、ではウルトラマンや仮面ライダーごっこ、家では家の中からベランダまで走り回って用事をするのに早いからです。 どうもストッキングなんて、出勤の時にはもう破れていたりして、一日に1〜2足になってしまうからでした。 そこで、私とさっきまでお手手をつないでいたみのちんは、目の前にある、顔の高さのズボンのチャックをジ――――・・・と降ろし始めます。 そこで「あっ!」といって、大人達がみのちんに目を向けると、みのちんはおもむろに、『みののこと忘れんとってよ。』と言います。 「ああ、ごめんね、みのちん。」と謝り、知人や友人と別れを告げながら、また別れの挨拶が長くなったりしていると、またジ―――――・・・。 「またみののこと、わすれたでしょう!」 「本当にごめん、ごめん。」 確かに、みのちんのことをほおってお話していました。 本当にあなたの言うとおり。 ごめんね、みのちん。
|