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超アクティブな人生の背景

前田診療所 奥田麻子

 彼の名はジェイスン。4月に突然我が家にやってきた。彼は、英語の教師であり、またコンピュターのプログラマー兼教師である。彼は、仕事場が高知のはりまや橋と須崎にあり、高知と須崎の二重生活をしている。その高知の居住空間として、ひょんな事から、私のいつものよいか悪いかわからない癖で、彼のホームステイを引き受けてしまった。我が家には、その昔から典型的古典的日本人として君臨している"オオクニヌシノパパ"なる人物がおり、とっさに、サーフィンを共通の趣味とする彼こそが、この"オオクニヌシノパパ"に世界で初めて何か変化をもたらしてくれるかもしれないと言う期待を抱いた。これまでは、自分は使わないにもかかわらず、自分の知らないうちに決められたことはオーブントースターの位置に至るまで、あえて違う位置に置き直すように命じていた我が家の"ご主人様"に対し、この世で最も従順で最高に好都合な女中が、画期的な革命ののろしを上げた。つまり、もし彼のホームステイが受け入れられないのなら、家を出る、と宣言したのだ。かくして事後承諾は取り付けられた。
 彼に出会った最初の頃、私は彼にいくつかの質問をした。ありきたりではあるが、何故日本やカナダなど、わざわざ外国で仕事をしようと思ったのか?あなたのお母さんはあなたにとってどんな存在か?もちろん後者の質問は私の家族療法を主とする心療内科医的な立場からの、彼の分析のための質問である。
 彼は答えた。ボクは母国オーストラリアについては何を訊かれても答えられると思う。だから次はこの地球上の他の国のことを学びたいと思っている。僕の母は大事な人だ。彼女は僕がいろんな事がいやになって悪いことばかりしたときに、僕を制したりせず、そのまま見守ってくれた。僕は勉強が嫌でちっともやらなかったが、何も言わなかった。そして高校卒業を意識し始めたとき、大学に行こうと思うようになり、それまでやらなかった勉強を始めた。それまであれこれいわず、さまざまな複雑な気持ちを察して、黙って見守っていてくれた母にとても感謝しているし、とても愛している、と。(ちなみに彼の母は、彼の通った地域の小学校の先生である。)彼女の与えてくれた自由と眼差しにより、いまの僕があるし、それゆえにどんなに離れていようとも、彼女をとても大切に思う、と。
 日本では、このような母でいることは難しい。まず周囲から非難され、それに耐え切れずに、又は、世間の常識やとりあえずの親の責任を考えて、わが子をそのままにできず、あれこれと指導しようとする。子どもは、思春期特有の感受性や個性、立場や感情の動きなどを理解されることなく否定される事が繰り返されると、親と暮らすことに疲れ、親の否定や指導をかいくぐって暮らすようになり、少しでも早く親の束縛を逃れて暮らすことを夢見るようになる。
 彼は、常に自分で自分の生き方を考えて、トライしている。うちの4人の子ども達はいつもため息をつきながら、ジェイスンさんは何でもできるねえ、と言う。ある時は、ジェニーちゃんの洋服を縫っている長女のところに来て、あいたらミシンを貸してくれないか、と言い、じぶんのズボンの破れたところをあっという間に縫って直してしまった。ある時は、次女ががたがたと泡立てていた生クリームのホイップを手伝ってくれ、手が空いていると、パソコンも教えてくれる。もちろん、私もしょっちゅう英語を習っている。
 毎朝ほぼ定刻に起きてサーキットトレーニング的な運動を10分ほど必ずする。とても力持ちである。夜は9時頃まで仕事をしてきても、子ども達が望めばいつでも相手をしてくれる。時に体力を使って、日本のウィークデーの夜とは思えないほどアクティブに遊んでくれる。彼は、父がカンフーの先生であったこともあり、カンフーには長けており、夏はサーファーであり、冬はスノーボードのインストラクターである。(ちなみにうちのパパも、夏はサーファーであり、冬はスキーヤーである)そして、救急の処置の資格も持っている。
 うちでも常に何かしている。日本語を勉強し始めたのは来日してからだと言うが、夜9時まで仕事をし、帰宅後軽く2度目?の夕食を摂った後、読書か明日の授業のネタ探しにいろいろな本を広げているか、日本語会話やそれに必要な文法の本を眺めていつも勉強している。とてもよく勉強するし、的確な質問をぶつけてくる。それを実際の生活の中でどんどん活用していて、本当に身になっている。これこそ生きた勉強だなあと感じさせられる。ちなみに彼の部屋には、簡単な書き机があるのだが、それは単なる物置に過ぎず、彼が熱心に勉強するのはベッドの上で寝転がってであり、私もいつも思うのであるが、その必要性とそのリラックスした姿勢での勉強は、義務的な机の上でのそれよりもずっとはかどるようである。私が小学校の先生やご父兄に時々引き合いに出すことであるが、子どもに勉強を覚えさせよう、身につけさせようと思うなら、掛け算の九九の81種類が2年生の2学期一杯使ってもまだ身につかない子が、ポケモン151種類を1週間で完全に覚えてしまうこの現実同様、本読みカード、九九カード、計算ドリル、漢字ドリルなどの訓練や調教よりも、楽しさ、気楽さが勉強の本当の体得には必要である。
 オーストラリア出身の彼は、今日も日本語の"考える"が覚えにくい、言いにくい、と言って、"カンガルー""考えルー""カンガルー""考えルー"と言って、書かずにベッドに寝転んだまま、5分後には完全に覚えており、15分後には別の部分を読みながら、新しく"看護婦"と言う言葉を"カンガルー""考えルー""看護ふー"と言いながら、ベッドの上で覚えたらしく、私の居る台所と彼の部屋の境の扉のところに立って、"日本語、オカシイ、カンガルー考えルー看護ふー"と言い、挙句に"あなたの病院には何人看護婦がいますか?"と、例文まで作ってよこしたのである。
 私も、今日も明日も、私の子ども達が、私に手伝ってもらうことはあっても、規制される事なく暮らし(従って、親もろとも抜かりの多い登校振りではあるが・・・)、とにかく抜かりに対しては、そこから又自分で、あるいは私と一緒に何かを考えて、自主的にその穴埋めをする意欲とエネルギーを持たせたいと思う。そして彼にも、日本でいろいろな面で葛藤や挫折もあると思うが、このように明るく日々の生活を送る中からそれらを克服して、日本でも超アクティブに生き続けてほしい。その姿勢は、うちの子のみならず、うちに来るほかの子ども達にも、そして私自身にもとても刺激的である。(おそらくうちのパパにも!)